痛みとは?
『生存を脅かすような危険から身を守るために必要な感覚』
①無理な行動を抑止する。
②治療や回復の行動をとる。
③痛みの記憶によって、リスクある行動を避ける。
生存するために必要な感覚の一方、痛覚は心理的なストレスとも大きく関わる。
慢性疼痛:3か月以上継続する痛み、通常の治療期間を超えて続く痛み(神経系への影響などが組み合わさって起こる)
※なにかひとつの原因を解消すればよいというわけでわないことが多い。
感覚受容器
皮膚や筋への物理的刺激が加わり、その刺激を感知するセンサーを感覚受容器という。

| 触圧覚 | ルフィニ小体 | 皮膚の伸展・変形 |
| メンケル小体 | 軽い接触 | |
| マイスナー小体 | 圧、低周波振動 | |
| パチニ小体 | 深部圧、高周波振動 | |
| 毛包受容器 | 毛管の傾き | |
| 痛覚 温度覚 | 自由神経終末 | 機械的・科学的・熱侵害 温(30~42℃) 冷(15~30℃) |
ピエゾチャンネル(Piezo):圧力センサーがあり、感知した情報を神経に伝える役割。(メンケル小体)
鍼灸の刺激で最も受けていると考えられているのは自由神経終末。この自由神経終末にも二つの受容器ある。
①機械的侵害受容器:強い圧迫刺激のみに反応する。(指を切った、ボールがぶつかったなど)
②ポリモーダル受容器:熱い、冷たいの温度に対する反応や化学物質による炎症など。(全ての侵害刺激に反応)
※TRPチャンネル(熱を感知するセンサー):お灸の温度(43度以上)に反応するのはTRPV1。温度以外にも科学物質にも反応する。唐辛子(カプサイシン)を食べたり、触れたりすると熱く痛いと感じるのはこの反応があるため。
鍼先の刺激は、感覚受容器でインパルスに変換され末梢神経から脊髄に入る。ここから①痛覚・温度覚を伝える前索・側索系と②触覚を伝える後索‐内側毛帯のルートがある。そして脳に到達したインパルスは、視床下部、視床を通り大脳皮質に入り痛み感覚などを調節する。
全身の神経を巡るインパルスが鎮痛をはじめとした鍼灸治療の大部分の効果をもたらす。

ツボ刺激が作用する3つの場所
鍼灸によるツボへの刺激は『末梢』・『脊髄』・『脳』の3つの場所で起こる様々な作用で鎮痛効果が生み出される。※様々の作用が組み合わさることで効果が生まれる。
①脳や脊髄と体の各部位をつなぐ末梢神経が関わる作用
②皮膚の下にある筋肉で生じる作用
③皮膚や筋肉などの細胞から分泌される鎮痛物質が関わる作用
④生体エネルギー分子であるATPが関わる作用
末梢
①軸索反射(刺激したツボの周辺の末梢神経が反応して起こる)

鍼の刺激によって皮膚や筋肉の感覚受容器で生じたインパルスが軸索にある軸索側枝に入り、進行方向と逆行することで、皮膚表面にある感覚神経の末端を刺激することによって神経性の炎症が起こる。

神経炎症によって神経の末端から『サブスタンP』、『CGRP』の神経伝達物質が放出される。
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周囲にある血管の細胞に作用し、血管を拡張させたり透過性を高める作用を持つ。
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神経性の炎症が起こった周辺の血管では血流の増加が起こる。
なぜ血流増加で痛みが和らぐのか?

筋肉が硬くなり、血管が収縮し血行不良がおこる。⇒筋・血管などの細胞が酸欠がおこり、微細に組織が破壊する。⇒組織が修復するために炎症反応が生じて白血球、肥満細胞なのど免疫細胞が集まり、発痛物質『ブラジキニン・ヒスタミン』が放出される。⇒さらに壊れた組織から『プロスタグランジン』などの発痛増強物質を作り出す。このような物質が感覚受容器に作用することで、電気信号へと交換されて脳まで伝わり痛みを感じる。
血流増加により痛みのある部位に留まっていた、発痛物質が除去され、鎮痛効果が得られる。
ブラジキニン・プロスタグランジン・ヒスタミン・サブスタンP・アセチルコリン・サイトカイン・セロトニン
一酸化窒素・カリウム・水素イオンなど
※障害された細胞や神経に動員されたリンパ球、血小板などから放出される。
②凝りや張りの痛みは、『腱』にある。
腱紡錘(ゴルジ腱器官)
腱紡錘は筋肉の収縮、弛緩に伴って生じる張力センサーである。
鍼の刺激で一時的に筋収縮をおこす。
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腱紡錘が働き、ib神経線維が通じて後角にはいり、介在ニューロンから前角にいき、a運動神経が抑制され筋肉が弛緩する。
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筋肉の緊張緩和によって、血管が広がり血流改善となる。その結果、発痛物質が除去され痛みが和らぐ。

③『生命維持』の仕組みを利用
体内には痛みを和らげる物質が作り出される。内因性オピオイド『βエンドルフィン、エンケファリン』
鍼灸刺激で特定の神経細胞や免疫細胞が活性化されβエンドルフィン、エンケファリンが分泌される。
※白血球(好中球・単球・リンパ球)免疫にかかわる細胞
内因性オピオイドは感覚神経の末梢にある、オピオイド受容器に結合し神経の興奮を鎮める情報が伝えられる。
⇒痛みのインパルス発生を抑制することで鎮痛される。
| 受容体 | オピオイド | 発現部位 |
| u受容体 | βエンケファリン Metエンケファリン | 大脳皮質(青斑核、視床、偏桃体) |

痛みの原因となる炎症や組織の損傷の部位に、鍼刺激の新たなストレスを与えると好中球、単球、リンパ球に内包されている内因性オピオイドが放出される。
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神経の興奮が鎮まり痛みを緩和する。
④生体エネルギーを活用
筋肉を動かすエネルギーであるATP(アデノシン三リン酸)が鎮痛に関連している。
ATPは細胞へのストレス刺激(鍼刺激)によって細胞外へ放出されることがある。この放出したATPはADPに変わりAMP、そしてアデノシンに分解される。このアデノシンがA1受容体に結合されると鎮痛作用がおこる。
脊髄
脊髄で起こる鎮痛作用 ゲートコントロール理論


痛みなどを感覚刺激は、刺激によって伝わる線維が異なる。
例:皮膚を触れるような刺激はAβ線維で伝導速度が速い。
物にぶつかったときの強い痛みの刺激はAδ線維、C線維で伝導速度が遅い。
※鍼治療で鍼を刺した時に『ズーン』という響きはC線維によって伝導される。
このような様々な刺激によって、脳に伝わる速度が異なることを利用して鎮痛をさせるのがゲートコントロール理論。
※ゲートコントロールの主役は脊髄後角の神経回路にある、膠様質細胞(SG細胞)と呼ばれる神経細胞。
子供が転倒して足をぶつけて痛くて泣いているところに、お母さんが痛い足に手を当てて『痛いの痛いの飛んでいけー』というと痛みが和らぐのは、このゲートコントロール理論の作用しているからです。
脊髄後角の異常の改善
後角:感覚神経の回路場所であり、痛みの刺激を調節する役割がある。慢性痛のひとつの要因は後角の調節機能の異常が考えられる。
多数の興奮系の神経細胞と抑制系の神経細胞が、複雑に絡み合ったネットワークが存在し、痛み信号はこの回路を駆け巡り調整されていると考えられている。
長引く痛みやケガ、心理的ストレス、病気といった影響などで神経回路が混線したり、神経の異常な活性化や低下が生じることで痛みシグナルが増幅され慢性痛の原因になると考えれれている。
鍼灸にはこの脊髄後角の神経回路の異常による痛みを改善する作用があることが分かってきている。その一つが内因性のオピオイドの分泌である。後角ある神経細胞には内因性オピオイドの受容体が多く存在していている。鍼灸の刺激によって内因性オピオイドが分泌され、痛みの信号を伝える別の神経細胞に結合することで脳に行く痛みの伝導を弱めていると考えられている。また、鍼灸刺激によって神経細胞にダメージをあたえるサブスタンスPなどの痛みや炎症に関わる物質の分泌が低下することも分かってきている。
脳
脳内を巡る痛みのシグナル

脊髄を上がってきた感覚神経は、脳の視床に入る。その後、一次体性感覚野や大脳辺縁系(前帯状皮質、偏桃体、側坐核など)、前頭前皮質などに送られ、痛みの場所や強さなどの情報が処理され、痛みの感覚をだされる。
鍼灸での鎮痛作用 下降性疼痛抑制系のメカニズム
痛みの情報の指令を受け中脳中心灰白質(PAG)から始まるのが2つある。①ノルアドレナリン、②セロトニン、この2つの物質は神経伝達物質である。
【ノルアドレナリン】
恐怖や不安などストレスや鎮痛に関係する。
【セロトニン】
食欲や性行動、学習、記憶、鎮痛に関係する。
この2つが活性化すると、痛み信号を伝える神経細胞のシナプス間の伝達を阻害することで、脊髄後角から脳に伝わる痛みの信号を弱めて鎮痛効果をもたらす。
鍼灸刺激(上行性)⇒脊髄後角⇒脳⇒(下降性)PGAの活性化⇒青班核(ノルアドレナリン)、延髄大縫線核(セロトニン)分泌⇒脊髄後角でシナプス結合⇒痛みが緩和
刺激した部位の感覚神経がつながっている脊髄の後角だけではなく、脳つながるすべての脊髄後角に入る痛み刺激に作用する。なので腰が痛くても腕や足に鍼を刺すことがある。

中脳中心灰白質(PAG)の神経活動の低下する要因は、不安、恐怖を司る偏桃体とも強いつながりを持っている。
視床下部と交感神経を介した鎮痛
ストレスによって引き起こされる痛みのメカニズムには、自律神経の交感神経も関わっている。鍼灸刺激のよって交感神経の働きを調節して痛みを緩和する。
心理的ストレスによって交感神経が興奮すると消化機能の低下、胃もたれ、便秘、筋緊張、血流が悪くなることで、さらに交感神経が興奮し痛みの悪循環がおこる。その結果、慢性痛に移行していく。
自律神経の司令塔 ⇒ 視床下部

ストレス(内的・外的)を受けると体に防衛が起こる
視床下部⇒副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)⇒交感神経の活性化⇒副腎髄質からアドレナリンやノルアドレナリンが分泌。
アドレナリンやノルアドレナリンなどの分泌によって、血圧、血糖値の上昇させストレスに対しての心身の準備をおこなう。

ストレス(内的・外的)を受けると体に防衛が起こる
視床下部⇒副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)⇒下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)⇒副腎皮質ホルモン(ストレスホルモン)
副腎皮質ホルモンが血管を巡って全身へ、血圧・血糖を上げて『闘争、逃走』をおこなう。
HPA軸が活性化が続くことで、副腎皮質ホルモンの慢性的に分泌してしまう。その結果、うつ病のリスクや免疫機能低下などの疾患になることもある。
鍼灸刺激でHPA軸の過剰に活性化した状態を和らげる作用があると考えられている。(動物実験)
高ぶる脳と鎮まる脳
鍼灸の刺激よって脳の領域で活性化する脳と、活動が低下する脳がある。

- 一次体性感覚野:触覚や痛み、温度などの感覚情報を処理
- 運動野:体を動かす信号
- 前帯状皮質:血圧、心拍の調節や情動(感情)
- 島皮質:痛みの情動
- 内側前頭前皮質:感情などのコントロールに関係
- 偏桃体:恐怖や不安などの情動反応を処理
- 海馬:偏桃体の恐怖や不安に関する記憶をコントロールに関係
体性ー自律神経反射
鍼灸のおこなう場所の違いで交感神経、副交感神経のはたらきが高まるという異なる作用がある。
※刺激場所の反射経路がことなるため
①手足の刺激(上肢・下肢)
皮膚⇒感覚神経⇒脊髄⇒脳幹で反射⇒副交感神経(迷走神経)の活動上昇で胃腸の働きが促進する。
②腹部の刺激
皮膚⇒感覚神経⇒脊髄で反射⇒交感神経の活動上昇で胃腸の働きを抑制する。

体性ー自律神経反射のメカニズムを上手く利用して、血管、血流に関わる症状や胃腸に関わる症状、泌尿器に関わる症状を改善を目指していく。
幸せホルモン(オキシトシン)
オキシトシンは視床下部から分泌され出産や授乳、母子関係や性行動になどに関わるほか、ストレスや不安を軽減させたり共感や信頼感を高める働きがある。
このオキシトシンを分泌するには優しい刺激というのがポイントである。鍼には刺さない鍼(鍉鍼、ローラー鍼)があり、皮膚をやさしく刺激することで痛みを緩和させる。小児鍼はこのような道具を用いて施術をおこなう。
まとめ
鍼灸での痛みの鎮痛は、単に筋肉に刺して筋肉の緊張を緩め、血流が改善され痛みが緩和するだけではなく、末梢神経・脊髄神経・脳の生理的な作用により鎮痛されている。なので一つの作用だけではなく、鍼灸の刺激(強弱)により複合的に組み合わさり痛みを緩和させていることになります。本来、人間には自己治癒能力が備わっていて、最大限にその能力を発揮できるために鍼灸が有効である。


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